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Love :) Kobatoradio

photo 午後6時。わたしの挙動が一番不安定になる時間です。いらいらを爆発させるのもこの時間が多いので、陽がのぼる時間帯と陽が沈む時間帯には煩わしい相談などされない方が身の為ですよ。
本人も意識してないところで、乱暴の言葉や行動を起こします。

12年前に育った家を離れることになった時のこと。
わたしの育った家は、百年近く代々その地に住んでいたところ。
ぐるりと縁側が家を囲んでいました。
小さい頃はかくれんぼをしたり、追いかけっこをして父親に叱られていました。
その回り縁には突き当たりが1箇所あって、隣の家とつながる渡り廊下にもなっていました。
ただし、わたしがここで暮らすようになる頃に貸家にして、他人が住むようになりましたので閉ざされて、その前に本棚が置かれました。
わたしの読まなくなった本などがそこには保管されていたので、時々いったりしていたもののほっぽらかされている割りには本が綺麗なのが今思えば不思議なことでした。

西南に位置するその場所は、ちょうど鬼門だったんですね。赤ちゃんの頃にきらきら光るものをただただ眺めていたこともあるそうです。
ちょうど父の書斎の、飾り窓から目が届くところで、壁ではなくてガラス窓になっていたのは鬼脈を妨げないような配慮だったのでしょうか。
今となっては、確認のしようがありません。

引っ越しの支度の時に、その扉を開くと渡り廊下のスペースが何度代わりにされていました。
渡り廊下でしたので、窓もあって東西に光が抜けるようになっていました。
そこには古くからの道具がいろいろと片付けてあって、わたしの知らないものがいっぱい。
わたしが生まれる時に大きくなったら使うようにと揃えられたという、ひきだしのある座り机が直してありました。
わたしは小学一年生になる時に、椅子式の学習机を揃えて貰っていたのでこの袖机の存在は引っ越しの時に初めて知りました。
多少天板にソリもあって、長いこと尚仕込まれていたので、もし白アリでも付いていて引っ越し先に持って行っても使えるか分からないという判断でお別れすることにしました。

が、生まれ育った家の回り縁ともお別れの記念にと、その日のわたしを写真に閉じ込めました。

午後6時。わたしの挙動が一番不安定になる時間です。いらいらを爆発させるのもこの時間が多いので、陽がのぼる時間帯と陽が沈む時間帯には煩わしい相談などされない方が身の為ですよ。
本人も意識してないところで、乱暴の言葉や行動を起こします。

12年前に育った家を離れることになった時のこと。
わたしの育った家は、百年近く代々その地に住んでいたところ。
ぐるりと縁側が家を囲んでいました。
小さい頃はかくれんぼをしたり、追いかけっこをして父親に叱られていました。
その回り縁には突き当たりが1箇所あって、隣の家とつながる渡り廊下にもなっていました。
ただし、わたしがここで暮らすようになる頃に貸家にして、他人が住むようになりましたので閉ざされて、その前に本棚が置かれました。
わたしの読まなくなった本などがそこには保管されていたので、時々いったりしていたもののほっぽらかされている割りには本が綺麗なのが今思えば不思議なことでした。

西南に位置するその場所は、ちょうど鬼門だったんですね。赤ちゃんの頃にきらきら光るものをただただ眺めていたこともあるそうです。
ちょうど父の書斎の、飾り窓から目が届くところで、壁ではなくてガラス窓になっていたのは鬼脈を妨げないような配慮だったのでしょうか。
今となっては、確認のしようがありません。

引っ越しの支度の時に、その扉を開くと渡り廊下のスペースが何度代わりにされていました。
渡り廊下でしたので、窓もあって東西に光が抜けるようになっていました。
そこには古くからの道具がいろいろと片付けてあって、わたしの知らないものがいっぱい。
わたしが生まれる時に大きくなったら使うようにと揃えられたという、ひきだしのある座り机が直してありました。
わたしは小学一年生になる時に、椅子式の学習机を揃えて貰っていたのでこの袖机の存在は引っ越しの時に初めて知りました。
多少天板にソリもあって、長いこと尚仕込まれていたので、もし白アリでも付いていて引っ越し先に持って行っても使えるか分からないという判断でお別れすることにしました。

が、生まれ育った家の回り縁ともお別れの記念にと、その日のわたしを写真に閉じ込めました。

2年前

12月 5, 2009
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